
先月のお話になりますけれども、茨城県桜川市の「真壁のひなまつり」に行ってまいりました。歴史的な街並みの商店や民家、蔵などに全国から集まったひな人形が飾られていて、華やかなお祭りでした。江戸から昭和の雛人形、吊るし雛など、とっても見応えがありましたよ。
桃の節句は3月3日ですけれども、岐阜や長野などの山間部や寒い地域では、今でも旧暦に近い4月3日に祝う習慣が根強く残っています。これは、3月初旬ではまだ桃の花が咲いておらず、「桃の節句」と呼ぶには早すぎるという、季節感に寄り添った知恵でもあります。雪深い地域では、4月になってようやく梅や桃が花開き、春の訪れとともに雛人形を愛でるのが理にかなっているのでしょう。
春を感じることのできる伝統行事ですけれど、この行事には奈良時代から続く「女性の厄除けや健康、そして幸せに育ってほしい」という切なる親心がこめられています。
かつての雛人形を紐解くと、最初は紙だったものが、だんだんと豪華な飾りとなってきました。江戸時代から明治・大正期にかけては、お顔も体も非常に小ぶりなものが主流でしたが、戦後の高度経済成長期を迎えると、雛人形は大型化していきました。7段飾りや10段飾りなどの立派で豪華なセットが人気があったものです。昭和の女の子のアルバムには段飾りの雛人形と着物を着たご自分の写真がある方も多いのではないでしょうか。
現代に目を向けると、生活スタイルの変化がひな祭りの形を大きく変えています。かつては和室に大きな段飾りを据えるのが一般的でしたが、現在は和室のない住まいが増え、飾る場所の確保が難しくなっています。そのため、「タンスの上に乗るサイズ」や「ガラスケース入り」が主流となり、出し入れの手間を省く工夫も見られます。
雛祭りにまつわる「一夜飾り(前日に飾ること)は縁起が悪い」といった言い伝えや、「早くしまわないとお嫁に行き遅れる」といった教えも、若い方はご存知ないかもしれませんね。
一方で、大切にしてきたお雛様をどう受け継ぎ、あるいは手放すかという問題も切実です。役目を終えた人形をそのまま処分するのは忍びないと感じる人は多く、「最後に一度きちんと飾って写真を撮り、感謝を込めて寄付や寄贈をする」という選択をなさったお話を聞いて、私もそうしようかなと思ったりもしています。
雛人形の装束にも、日本の美意識が凝縮されています。豪華な十二単を纏ったお内裏様やお雛様は、見ているだけでも心が躍るものです。中には、着物の古布を再利用した「吊るし雛」のように、針仕事の温もりが感じられる装飾もあり、これらは着物文化とも深く通じ合っています。親から子へ、時代を超えて受け継がれる人形への想いは、代々の着物を大切にする心と重なる部分があるのかもしれないですね。
たとえ豪華な段飾りがなくても、小さな内裏雛を並べ、お菓子を供えて祝う心があれば、それは立派なひな祭りです。豪華さや大きさが重要なのではなく、「その子を想う時間を持つこと」こそが、ひな祭りの本質なのかもと感じました。
ちらし寿司を囲んだ家族の思い出や、白酒を飲んだ記憶。着物と同じように、こうした素晴らしい日本の文化を、現代の暮らしに馴染む形で少しずつでも残していきたいものですね。