衣替えにうってつけのシーズンとなりましたね。新型コロナの感染拡大防止のため全国に不要不急の外出自粛要請が出されたことで、おうち時間が増えた今、着物の衣替えや整理をされている方も多いのでは。また着物でおでかけできる日を楽しみに過ごされていることと思います。
いままでいろんな着物にまつわるお悩みを伺ってまいりましたが、ふと気づいたのです。もしかしたら、こういった状況になる前から、一番皆様から伺うお悩みは「着物を着る機会がない!」ということかもしれない、と。
つい最近、生徒さんから「着物友達が増えると、自然に着る機会も増えますね」と伺いました。その方は、着物友達なんてどこでどうやって作るのかしらと思っていたそうです。それが、ふとした機会にもともと仲良しだったママ友さんも着物好きということがわかり、今では月イチで着物ランチを楽しんでおられるのだとか。「ママ友としてお付合いしていたときは、お互い着物に興味があるなんて全然知らなかったんですよ」とのことでしたが、確かにひとり心の中で「着物を着たいな」と思っている方は、意外と多いように思います。
私自身も三十代の初めごろ、着物は好きだけれどどこに着ていったらいいのか…と思っていた時期があります。そんなとき、小学校の保護者会で着物姿の方をお見かけしたのです。その方は地域のバスケチームの選手で、ちょっとした有名人。いつものスポーティなイメージとはうって変わり、シックなお着物がとても素敵でした。
着物で出席してもいいんだ!と背中を押され、私も次の保護者会にはドキドキしながら着物を着ていきました。するとまわりの反応は…拍子抜けするくらい、普通!洋服の方の中で浮かないようにとシンプルな着物を選びましたが、それにしても違和感なく、特に声をかけられることもなく…それからはもう、気にせずどんどん着物で学校行事に参加しました。そのうち、洋服のときには「あら、今日は着物じゃないの?」と残念がっていただくことも。特にコメントはなくても、周りの方はわりと着物姿を楽しみにしていてくださったようです。
そして卒業式の日、私たちの学年では例年より着物姿のお母さんがずいぶん多かったそうです。それを一番喜んでくださったのは、意外なことに(?)先生方でした。きちんとした装いで出席することで自然と式がおごそかな雰囲気になり、それが子どもたちにも伝わっていたとのこと。逆に保護者から見ても、女性の先生が凛とした袴姿で証書を渡すお役目などをしてくださるのは嬉しいですものね。
最近は少子化の影響もあってか、入卒式に親御さんだけでなくおじいちゃま、おばあちゃま皆さんで出席されるケースも多いようです。記念の日やご家族の節目に着物を着ることは、その日を大切に思う気持ち、お相手への敬意や感謝を、どんな言葉よりも雄弁に表現してくれます。撮影したお写真は一生ずっと、その日の喜びや感動を思い起こさせてくれることでしょう。
私の場合は、学校行事で着る機会が増え、さらに周囲の方に「着物を着る人」と認識されることで、お誘いやお付き合いが広がっていきました。パーティーやお茶会など、着物の人がいるだけで場が華やぐから、会の格が上がるからとお声がかかり、せっかくなので遠慮なく出席するとまた次の機会につながる、そんなふうに着物がいろいろな場所に連れて行ってくれたように思います。
また、最初はそんなに興味がなかった歌舞伎も、着物のおでかけ先として行ってみたらその魅力にすっかりはまってしまい、今では着物で歌舞伎見物に出かけるのが何よりの楽しみになりました。お芝居、音楽、お茶、美術…着物が文化や芸術との橋渡しをしてくれる、それは着物が伝統に裏打ちされた豊かな世界を持っているからなのでしょう。着物のおかげで人との縁や楽しみが広がり、私の人生がどんなに豊かになったかを思うと、女性に生まれ、着物に出会えて良かった!と感謝せずにはいられません。
「着物を着る機会」とよく言われますが、私自身の経験を思うと、もしも機会を探すことからスタートしていたら、きっとこんなに着物を着ることはなかったでしょう。だって今の世の中、どこに行くにも別に洋服でいいのです。極論になりますけれど、結婚式で新郎新婦の母すら洋服でかまわない現代、「着物を着るのにふさわしい機会」なんて、探しても無い!と言ってもいいかもしれません。
スタートになるのは「着たい気持ち」「着たい着物」。それがあれば、どんな場所でも「着物を着る機会」になるのです。
一人では不安だったら、まわりに声をかけましょう。「着物に興味があるんだけど」「こんど着ていきたいんだけど」。TPOやコーディネートが心配なら、最初はシンプルなスーツ感覚の着物から。着物って、着姿を見るだけでも女性には楽しく、いいなと思うものです。あなたが勇気を出して踏み出すことで、一人二人と少しずつでも、お仲間は増えていくはずです。
慣れてきたら、「この着物が似合う場所はどこかしら」「今度行く場所には何を着たらいいかしら」と悩む楽しみが生まれてきます。ご一緒する方や行き先に合わせて、着物は?帯は?小物は?とコーディネートを考える過程こそ、むしろ着物の一番の醍醐味です。「細雪」で屈指の名場面とされる、四姉妹が花見に何を着ようかと相談するくだりの美しさ、華やかさ。着物好きの女性なら、四姉妹の心が実際の花見の日よりも浮き立っていることに、共感されるのではないでしょうか。
そんなふうに日々の生活に着物の楽しみが彩りと華やぎを添えるようになれば、「着物を着る機会は…」なんてお悩みは、いつのまにか消えていることでしょう。
特に外出が制限されている今だからこそ……着物での外出を楽しみにすることも、心の支えとなってくれるような気がいたします。着物写真を見返したり、インスタなどで皆さんのコーディネートを拝見したりすると、本当に楽しい気持ちになりますし、こんなときなのでネットを通じての交流も嬉しいものですね。
先ほど「着物のおかげでご縁が広がった」と申しましたが、このコラムを通じて皆様とつながることができましたのも、私にはとても嬉しいできごとでした。つい先日、5年ぶりくらいにお店にいらしたお客様に「まあ、ご無沙汰しておりました!」とご挨拶したところ、「あら、私は毎月コラムで女将さんに会っていましたよ」と素敵な言葉をいただきました。
そんなふうに人と人をつなぎ、引き付けるのは着物そのものの力に他なりません。美術品としての美しさ、工芸品としての奥深さ、人の手をかけた温かみ…さまざまな魅力を合わせもつ着物は、世界に誇れる日本の民族衣装、伝統文化です。それを日常の中で身にまとう喜びを、このコラムを通じて少しでも皆様にお伝えできたら、そして皆様が着物のちょっとした豆知識で盛り上がったり仲良くなったり…そんなお役にたてば、これ以上の喜びはございません。
引き続き着物の魅力を伝えていければと、より強く感じております。どうぞこれからも、よろしくお願い申しあげます。
※コーディネートに使用したアイテムは、SOLD OUT、及び販売終了の場合がございます。ご了承ください。