いよいよ今年も残すところ1ヶ月、街はクリスマス一色です。年末年始に向けて一年で一番着物のお洒落が楽しい時期ですが、親しい友人とのクリスマス会から新年のご挨拶までとシチュエーションはさまざま。それぞれのTPOに合わせてどんなコーディネートがいいか、迷ってしまうこともありそうですね。
今回は、いち利の生徒さんからご質問いただいた「染の着物に織の帯、織の着物に染の帯」という言葉から、着物と帯の格の考え方、合わせ方のポイントなどをお話ししたいと思います。呪文のようなこの言葉、着物初心者さんならどなたも一度は「???」と思われたことがあるのでは?
まず、「染の着物に織の帯、織の着物に染の帯」の意味を、それぞれ見ていきましょう。
染の着物… 小紋、付け下げ、訪問着など、白生地に柄を染めた「やわらかもの」
織の帯… 西陣織や佐賀錦など金銀の入った袋帯
織の着物… 絣織などの紬
染の帯… 塩瀬や縮緬などの染め名古屋帯
帯の「織」と着物の「織」は、まったく別の「織」であること、そして「染の着物」が染めた着物全部を、「織の帯」が織ってある帯全部をさすのではなく、その中の一部だけを指すことがおわかりいただけますでしょうか。
現在、私たちが目にする着物や帯はどんどん多様化して、「染の着物」といっても奇抜なデザインの縮緬地から、上品な柄を染めた紬まで様々です。「織の帯」にしても、ざっくりした真綿の帯や博多帯をイメージする方もいらっしゃるでしょう。ですが、昔は一般家庭の生活にそんなにたくさんの種類の着物や帯はなかったのです。「染の着物」といえばそれはフォーマル着物のこと、「織の帯」といえば金銀の帯のこと。つまり、「フォーマル着物には西陣織や佐賀錦の金銀の帯を合わせなさい、紬の普段着には染めた名古屋帯を合わせなさい」という意味なのですね。
そもそもなぜ、「染の着物」はフォーマルで「織の着物」はカジュアルなのでしょう。それが決まりだからといっても、訪問着よりもずっと高価な紬の着物や美しい白大島など、どうして結婚式に着てはいけないのと思われたことはありませんか?
これは、着物のなりたちと昔の生活を考えると分かります。
昔は白生地が大変貴重なものでした。なにしろ、糸から不純物を除いて真っ白にするという精錬は大変難しい技術でしたから、白く輝きどんな色にも染められる白生地は、結婚祝いや献上品として贈られたほどです。
一方で、昔の文献を見ますと結城紬が「悪しき布」と書かれています。紬糸は、白生地にできない繭を集めて手で紡いで作ります。フシや不純物が混じりますので太く不揃いな糸です。以前群馬を訪れたときに土地の80歳、90歳のおばあちゃまは、今でも糸から紡いで機を織り、ご自身の着るものを作るとお聞きしました。
その考え方が今に残り、貴重な白生地を染めた着物はお相手への敬意を表すのにふさわしく、しっかり丈夫に織られた紬は自分用の日常着となるわけです。元の生地が真っ白でないと染められないうえ汚れが目立つ薄い色と、汚れても目立たない紺や茶と考えると、淡色はフォーマル、濃色はカジュアルとされるのも納得いきますでしょう。帯も美しい金銀の帯は専門職人が作る貴重なもの、対して染め帯は着物を仕立て直して自分で作ることもできる普段のものと考えられました。
以前にもお話しいたしましたが、昔は女性が一人で色々な場所に出かけるなんて珍しいことで、夫に従いお式事に出席するなら留袖、入卒式なら色無地や江戸小紋、外出なら大島紬。そんな一揃いが「嫁入り道具」でした。訪問着なんて持っている人はめったにいなくて、私の家で訪問着を作ってもらったのは3人姉妹の長女だけ。それも、いざというときに着るために良い着物は大事にしまっておきました。日常こそ良いものを使おう、着なければもったいないという現代の考え方とは真逆ですね。
では、普段何を着ていたかというと木綿や化繊の混紡、寒い時期はネルもよく着ました。ウールは今の小紋に負けないお洒落な柄がたくさんあって、アンサンブルの外出着になりました。もちろん「細雪」のように、つやつやしたやわらかものをあれこれ着替えるご家庭も中にはあったでしょうけれど、日本がまだまだ豊かではなかった時代、普通の女性はこんなつつましい着物にきれいな端切れを半衿にしたりして、せいいっぱいのお洒落を楽しんでいたのです。
現代の着物は、留袖と喪服は別格としてもセミフォーマルからカジュアルがとてもゆるやかになりました。外出の機会も趣味のお集まりから観劇、お食事など様々ですから、昔から言われる「着物の常識」をそのまま当てはめるのは、無理があるというものです。先日の大久保信子先生の講演でも、今はもう「染の着物に織の帯」の組み合わせは第一礼装に限ったことで、それ以外は自由自在に楽しんで、とのお話でした。
最近は着物や帯のデザインも洋風になり、華やかな染め紬や絵羽紬は堅苦しくない会食や同窓会などにもってこいですし、西陣織の帯でも礼装から紬まで合わせられるシンプルなものが増え、金銀糸が入っているからフォーマル用とも言いきれません。私のお気に入りのクリムトの帯も金色なのですけれど、これはデザインとしての金ですから趣味の帯になります。写真では大島紬に合わせていますが、こんなコーデでいち利のおでかけにもよく着ているんですよ。
色柄を見て洋服感覚で合わせるセンスは、きっと現代の皆さんの方がお得意なはず。大久保先生もおっしゃるとおり、自由な着こなしを楽しんでいただきたいと思います。
ただ、難しいのは、「よそゆきはよそゆき、普段着は普段着」という線引きがはっきりしていた時代のもの。格調高い古典柄の訪問着や有職柄の帯は、どなたが見ても礼装とわかるように作られていますから、紬に合わせてちょっとおでかけ…というには、自己主張が強すぎるのです。無理に崩さずお召しになる方が本来の美しさを引き出せるのではないでしょうか。
自由にといわれてもやっぱり自信がない…という初心者さんは、積極的にいろいろな着物や帯に触れ、周りの方の着こなしをご覧になってみてください。そのうちに「こんなコーデがいいな」「これはちょっとどうかしら」と目も肥えて、自然と迷わなくなるものです。幸い、これからまさに着物シーズン。いち利でもクリスマスやお正月のおでかけは、何十人という着物姿の方が一堂に集まる格好のイベントです。お近くの方はぜひお気軽にいらしてくださいね。
※コーディネートに使用したアイテムは、SOLD OUT、及び販売終了の場合がございます。ご了承ください。