暖冬といわれたこの冬ですが、やはり大寒の前後はかなり冷え込みましたね。
寒いのはいやなことばかりでもなく、2月のこの時期は「寒干し」といわれ、梅雨明け後の「土用干し」、秋晴れの「虫干し」とならんで着物のお手入れに最適な季節とされます。空気がカラカラに乾燥した冬晴れの日は、ふだん着ないものの風通しをするのにもってこい。春の入卒式に予定している訪問着などを点検するのもおすすめです。広げて干す時間がなければ、たんすを開けて湿気を飛ばすだけでもだいぶ違いますよ。
さて今回は、「いち利の和裁教室」のことをご紹介したいと思います。といいますのも、先日和裁教室の生徒さんとお話していて、とても心に残った言葉があり、それをきっかけにぜひ皆様にも和裁のことを知っていただきたいと思ったのです。
生徒さん募集が年に一度1月だけということもあってか、着付け教室に比べて知名度の低い?「いち利の和裁教室」ですが、実は本店開店のときからもう10年以上も続いております。
そのコンセプトは、着付け教室と同様に「着物を楽しむ」こと。プロの和裁師養成ではなく、着物好きな方の「もっと着物を知りたい」「着物に親しみたい」というお気持ちにこたえることが目的です。ですので、生徒さんの好奇心や楽しみに共感してくださる先生が望ましいのですが、昨今は熟練の和裁師さんでも、ご自身ではいっさい着物を着ない方がたくさん。良い指導者は、大変に貴重な存在です。幸い、いち利で教えてくださっているのはご自身も大の着物好きで、着物を着て楽しんでおられる素晴らしい先生方です。ほとんどの生徒さんが和裁は初めてで、中には針もほとんど持ったことがないという方もちらほら。けれど、先生方が本当に辛抱強くていねいに教えてくださるおかげで、皆様が途中でリタイアすることなく単衣の着物を縫い上げます。
私は、3年ほど前から和裁教室のお世話を担当しております。教室の準備や生徒さんへの連絡、教材の準備などこまごましたお手伝いをしながら、生徒さんたちと着物のお話で盛り上がるのは、とても楽しい時間です。また、半年以上という長い期間、あきらめないで最後まで通い続けられるように生徒さんの背中を押すのも私のお仕事。皆様お勤めやご家庭のある中で、毎週宿題をこなしていくのは簡単なことではありません。けれど、大変なぶん、自分の手で縫い上げた着物をまとったときの達成感は、言葉では表せないくらい大きく、かけがえのないものです。気に入った反物だからどうしても縫い上げたいとがんばった方、幼い頃に見た針仕事に勤しむおばあちゃまの思い出に励まされたという方…そして、修了された方は皆様、着物を大切に慈しむお気持ちがこれまで以上に強くなられるのです。
そんな生徒さんのお一人が、縫い上がった着物を前にしみじみとおっしゃったのが「女将さん、着物の仕立てというのは日本人の心そのものですね」ということでした。
「しつけが良い」「折り目正しい」という言葉も和裁からきていますし、解けば元の反物の形に戻り、着物だけでなくコートに、羽織に、帯に…果ては座布団や小物にいたるまで、端切れ一枚も捨てることなく使いきるのは、物を大切にする昔の日本人の心そのもの、究極のエコといえるでしょう。
一つ一つの工程をきちんと進めていって初めて、最後の帳尻がぴたりと合う。そんなところも、緻密でていねいな作業が得意な日本人ならではかもしれません。
また、私が着物ってすごい!と思うのは、「直すこと」を前提に考えられているところです。
たとえば袂の丸みは、擦り切れた部分を内側に入れて、徐々に大きな丸みに縫い直していきます。
衿周りはひときわ汚れやすい部分ですが、掛衿があることで汚れた部分を見えないところにずらしていくことができます。
最後はバチ衿になり、それでも汚れたら残布を使って掛衿を交換したり、生地がなければ地衿を折り込んで掛衿のように見せることもできるのです。
袖口や裾の八掛が表地より少しだけ出ているのも汚れやすい箇所の表地を守っているからです。
もし表地が傷んでしまっても、前身頃と袖、下前と上前などは交換可能なので、傷んだところを見えない場所へやりくりして、またきれいに着られる!というわけです。もう、何段構えにもお直しが考えられていて、昔の人が一枚の着物をどんなに大切にしていたかが胸に迫るようです。
さらに、手縫いにも「きれいに長持ち」の秘密があります。
まず、手縫いの針はとても細いので解いても針穴が残りません。これがミシン縫いですと、寸法直しや仕立て替えのときに大きな針穴が見えてしまうことがあります。
さらに、手縫い独特の適度な緩みが生地を傷めないために一役かっています。背縫いなどは強い力で引っ張られますが、手縫いではまず縫い目の緩みが力を受けることで、生地への負担が大きく軽減されます。反対にミシン縫いは最大にテンションがかかった状態で縫われていますから、いきなり生地が引っ張られてすぐに生地が伸びたり、目裂けしてしまうのです。
これは、着心地とも無関係ではありません。以前、全く同じ寸法で手縫いとミシン縫いの着物をそれぞれ仕立てたところ、ミシン縫いのほうがとても窮屈で寸法が間違っているのでは、とお持ちになったお客様がいらっしゃいました。何度も採寸しましたが、寸法は全く同じ。おそらく、縫い目の緩みの有無が、引っ張られたときの感触の差になり、ミシン縫いを窮屈に感じられたのでしょう。
お手元の着物一枚にも、これだけの知恵と工夫、手間ひまが込められています。大量生産、大量消費の現代にあって、着物は私たち日本人が忘れてはいけないことを教えてくれる先人からのメッセージなのかもしれませんね。
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