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2018年4月掲載「大切な着物のために、私たちができること」
女将×悉皆士さんのお手入れ対談


4月になり、新しい年度の始まりです。このコラムも、おかげさまでいよいよ4年めを迎えるにあたり、テーマ別で記事が表示されるようにプチリニューアルいたしました。目次の上部に並んだ「春」「着付け」などのキーワードをクリックすると、当てはまる記事が出てきます。少しでも皆様に便利にお使いいただければうれしい限りです。

そして、今年1月から心斎橋、銀座と続いたコラム3周年記念イベント「きもの知恵袋講座&ランチ」を、先月3/11には福岡天神店で開催いたしました。ほぼ満席の中には「せっかくなので」と素敵な訪問着姿の方もいらして、本当にうれしく長旅の疲れも吹き飛ぶようでした。
着物を始めてまだ2~3年という方も多く、「本を読んでもわからないことが多くて…」と、とても熱心に耳を傾けてくださいました。特に、補正や肌着のことはあまり知る機会がないとのことでしたので、ぜひまたお話の機会を作りたいと思います。福岡の皆様に、近いうちまたお目にかかれますよう願っております。

さて先週から気温がぐっと上がり、あっという間に桜も満開です。短いお花見シーズンが終わり葉桜ともなれば、汗ばむような夏日の予想と、今年はいつも以上に駆け足で季節が過ぎていくようです。
着物の装いも、気軽なお出かけならそろそろ単衣でもおかしくない暖かさです。最近は温暖化、そして着物のカジュアル化もあいまって、衣替えはずいぶん前倒しになりました。袷の着物をそろそろお手入れに…という方も少なくないことでしょう。
いち利恒例の「きものクリニック」は毎年春と秋の2回開催し、着物のお手入れ・お直しを専門の職人さんに直接相談できると毎回ご好評いただいております。
これまでも、着物のメンテナンスについてこのコラムでお話ししてまいりましたが、今回は「きものクリニック」に来てくださっている悉皆士さんのアドバイスをご紹介したいと思います。
プロから見た、着物を長く美しく保つための秘訣とはなんなのでしょう?

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女将:今回お話しくださいますのは、悉皆士の安松さんです。今日はお忙しいところを、ありがとうございます。どうぞよろしくお願いいたします。

安松:よろしくお願いします。

女将:安松さんは、着物や帯をきれいにするエキスパートとして京都でも指折りの悉皆屋さん「山安」で10年以上のキャリアをもち、いち利でもきものクリニックのお手入れコーナーを引き受けてくださっています。ブラシでシャシャッと汚れを落としてくれる男性というと、ピン!と来られる方も多いのではないでしょうか。今日はあらためて、「きものクリニック」でいつも思っていらっしゃることや気になっていることなどから、教えていただけますか?

安松:そうですね…皆さん、とにかく丸洗いをしたがりますよね。「丸洗いで全部きれいになると思っている方が多いなあ」という印象です。

女将:それはありますね。着物の悉皆にはなじみがない方も多いですし、お洋服と同じ感覚で「手入れといえば丸洗い」という方もいらっしゃるでしょう。それに、最近は皆さんきれい好きですよね。着物も、汚れたわけでなくてもとにかく丸洗いしてさっぱりしたいという方は増えているかもしれません。

安松:丸洗いは全体の汚れをざっと落とすには、まあ手軽ですし、自分も「丸洗いでいいですよ」と言うときもあります。でも、けして万能ではないんです。たとえば、汗は丸洗いでは落ちません。汗抜きという専用のお手入れが必要なんです。丸洗いだけでは、きれいになるどころか汗の成分がアイロンの熱で黄変してしまいます。

女将:「汗をかいたから丸洗いして」という方、いらっしゃいますね。でも、お洋服でも白いブラウスをクリーニングに出して、次の年に出してみたら衿が黄色くなっているのと同じことなんですね。

安松:黄変を直すとなると、汗抜きよりずっと大変です。まず変色を生地から剥がす薬品を使います。すると、そこだけ漂白したようになるから、周りと同じ色になるように色をかける。ひとつひとつ手作業です。汗抜きなら5,000円前後ですが、同じ箇所の黄変を直すとなると10,000~15,000円くらいの見積りになりますよ。

女将:2~3倍の費用がかかるんですね!

安松:変色直しの薬品は、生地にかなり負担がかかります。ですから、汗抜きをしないなら丸洗いもしないほうがマシです(きっぱり)。

女将:これは、貴重なお話ですね!考えてみれば、昔は「3回丸洗いしたら洗い張り」なんて言われたりしました。洗い張りが今より気軽だったこともありますが、それでも数年に一度のことでしょう。「丸洗いは、そんなにしょっちゅうするものじゃない」という意味が込められていたのだと思います。ですが、そうなると何回着たら丸洗いに出したらいいの?という疑問がわきますね。

安松:普通にお召しになる方なら、シーズンごとに点検に出していただければ十分だと思います。ご相談にお持ちくだされば、汚れの種類や度合いに応じて一番いいお手入れをご提案しますし、何もしなくてよければ「大丈夫です」と申し上げますので。

女将:プロに相談するのが一番安心ということですね。私自身は、正絹はそんなに汚れないと思うんですね。絹は静電気が起きにくいので埃を吸わないですし、汗取りをちゃんと着て、脱いだら埃を払っておくなどふだんのお手入れさえしていれば。

安松:そうですね。ふだんのお手入れというのも少し面倒に感じられるかもしれませんが、実は「着ることが一番のお手入れ」なんですよ。皆さんもったいないからか、ずっと着ないままで箪笥にしまってたりするでしょう。通気性のない状態で防虫剤をたくさん入れる。実はこれが一番着物によくないです。

女将:防虫剤に乾燥剤…たくさん入れておかないと、安心できないという方もいらっしゃいますね。

安松:乾燥剤はカビの予防になるので入れてもいいですよ。でも、絹は虫に食われませんから防虫剤はいらないです。虫が食べるのはウールです。絹とウールを一緒に入れなければいいんです。

女将:防虫剤はなくてもいいんですね。

安松:そうですね。防虫剤のデメリットもありますから。臭いはもちろんですけど、防虫剤からガスが発生して着物を変色させることもあるんです。

女将:そうなると、先程の変色直しの手間と料金になってしまうんですね。でも、ほとんど着ていないものが傷んでお直しが必要となると、皆様納得されにくいですよね。

安松:そうですよね、お気持ちはわかります。でも、年数がたったものはなんでも傷むでしょう。胴裏だって、のりが変色して黄変します。特に昔の胴裏は、のり気がけっこう残っているので変色がきついです。最近の胴裏はそんなことないんですけど。

女将:胴裏が変色したまま、気になりながらも直すタイミングを逸している方も多いと思いますが…

安松:うーん、何年もこの状態だから急がなくても…という感じでしょうか。でも、胴裏の黄変はいつか表地にも響いてきます。これから着用したい着物なら、気づいた時点で早めに直すほうがいいですよ。

女将:着用するというのは、風を通すことと、変色や汚れに気づいてお手入れできるという両方の意味があるのですね。ちなみに、お手入れに出すときのアドバイスなどあれば教えていただけますか。

安松:そうですね。何の汚れかを、わかる範囲でいいので教えていただけるといいですね。わからないものは仕方ありませんが、汚れの種類が明らかだと、素早く最適な対処方法がわかります。仕上がりもきれいなはずですよ。

女将:詳しくお伝えしたほうがいいんですね。そういえば、汚したらすぐに手入れに出さないといけないの?というご質問も多いですが。

安松:1ヶ月以内ならまず変色することはありませんから、そんなに急がなくても大丈夫。ただ、これはすぐに持ってきてほしい!というのが、色素の強いものですね。赤ワイン、墨、それにカレー…カレーは結局あまり落ちませんでした。

女将:これらの汚れは緊急!ということですね。

安松:あ、でも汚れたからといって、ご自身で水をつけてこすったりするのは絶対にやめてください。濡れティッシュとか。

女将:あ~…でも、とっさに手が出てしまう方は多いんじゃないでしょうか。私も、周りの方が汚れを拭こうとしたら「あ!いけませんよ」なんて申し上げるのに、自分のことだとやっぱりあわててしまいます。着物を毎日着ている私たちでもそうなんですから、ふだん着慣れない方がよそゆきを汚したりなさったら、もう頭が真っ白になって無意識に汚れをトントントン!と…

安松:あ、叩くのもやめてください(きっぱり)。人間って不思議で、叩いているつもりでも汚れを落とそうと無意識にこすってるんですよ。濡れた状態で絹をこすると、擦れ傷になって直せなくなります。喪服や留袖の白くなった感じがそうなんですが、ああなるともう、上から色をかけて目立たなくするしかないです。変にご自分でなんとかしようとしないで、そのまま持ってきていただくのが一番です。

女将:ほんと、頭ではわかっているんですけれど…肝に銘じます。

安松:まあ、先程も申し上げましたけど着ていないのに傷むほうがもったいないですから、あまり汚すことを心配しないでどんどん着てください。僕も一通りの汚れはいろいろ見てきたので、ちょっとくらいの汚れでは驚きません!

女将:まあ、頼もしい!私、お手入れに出した着物が真新しいたとう紙に包まれて返ってくるのが好きなんです。ぴしっとプレスされて、新しいものを作ったわけではないのになんだかうきうきするんですよ。

安松:そう言ってもらえると僕もうれしいですね。いち利のお客様は、着物がきれいになったと喜んでくださるのはもちろん、次にお会いしたときに「この前直してもらったから」とその着物を着てきてくださったりする。それが本当にうれしいし、遣り甲斐を感じます。たいていのシミ汚れはなんとかしますので、気軽にどんどん相談に来ていただきたいです。

女将:昔は近所に必ず悉皆屋さんがあって、顔なじみの職人さんになんでも相談できましたが、今はそれも難しくなってしまいました。いち利ではおなじみの職人さんにお願いできるので、皆様安心してご利用くださってるのだと思います。大切な着物を長く大切にしていただくために、これからもよろしくお願いいたします。

安松:こちらこそよろしくお願いします。きものクリニックでお待ちしています。



心強い職人さんがせいぞろいする「きものクリニック」。お手入れはもちろん、寸法、お仕立て、リメイクなど、着物のご相談を無料で承ります。とても混雑いたしますので、ご予約来場がおすすめです。日程は下記よりご覧ください。

<半期に一度のきものクリニック>
本店 4/18(水)~4/23(月)
心斎橋店 4/25(水)~4/29(日)
福岡天神店 4/25(水)~4/29(日)

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