毎日うだるような暑さが続きますが、夏バテしていらっしゃいませんか。
この季節、いち利の店内は炎天下おいでくださるお客様にほっと涼んでいただけるよう、少し冷房を強めにしています。
エコではないかもしれませんが、ささやかなおもてなしの気持ちとして大目に見ていただけるでしょうか…。
お近くにいらした際には、酷暑からのつかの間の避難場所として、お気軽にお立ち寄りくださいね。
さて、暑い盛りではございますが、まもなく立秋。お盆を過ぎればもう秋のうちです。
キキョウや萩、ススキなど秋の草花は、残暑から9月初旬の柄としてぴったり似つかわしく、一足先に秋の風を感じるようですね。
こういった秋草の柄は、夏の着物や帯、小物では定番なのですけれど、先日「萩やススキの柄の帯を7月に締めてもおかしくないですか?」とお尋ねいただくことがありました。
なるほど、確かに秋の草花は、桜や梅など春を代表する花よりも、より季節限定という感じがいたします。6月下旬から7月の盛夏の時期には、大丈夫かしら?と不安になってしまうかもしれませんね。
今回は、「秋の柄」を例といたしまして、季節の柄のことなどを少しご紹介したいと思います。
まず、夏物によく登場する柄は、大きく「盛夏」と「秋」に分けられます。
「盛夏」の柄は、朝顔、ほおずきなどの草花、花火や七夕など季節の行事、うちわや金魚なども夏らしい柄ですね。
「秋」の柄は、七草のキキョウ、ススキ(尾花)、撫子、萩などが代表的です。ほかにも、お月見や鈴虫、面白いところでは野菜も秋の柄に数えられます。「秋茄子は嫁に食わすな」なんていいますものね。
厳密に考えますと、「盛夏」の柄は6月後半から立秋、お盆くらいまでの「暑中」の時期、「秋」の柄はそれ以降の「残暑」の時期ということになるでしょう。
といっても、ただでさえ短い夏着物の期間に、あまり細かく着用時期を分けてしまうと、「今年一度も袖を通さなかったわ…」ということになりかねません。
前回ご紹介いたしました夏着物の生地にしましても、昔の細かな着分けから徐々にゆるやかになっているように、夏物の柄もそれほど神経質に考えなくてもよい、というのが最近の流れです。
特に秋の柄は、盛夏の頃にも「秋の涼しさを呼ぶ」と喜ばれますし、「季節先取り」という着物の原則にも合っているものですから、堂々とお召しになってよいと思います。
もちろん、着物や帯の生地は季節に合わせたものを選びますので、絽や麻などの生地を秋の柄だからと、9月に入ってからもずっとお召しになるのはナンセンスです。
また、残暑に初夏の花の柄をまとうのも、私としてはちょっと気になるところです。紫陽花の柄の絽の帯を持っているのですが、締めるのは6月終わりから7月初旬くらいまで。周りの方はさほど気になさらないかもしれませんが、「季節に遅れることには違和感を感じる」という、自分なりの美意識でしょうか。
同じ夏のお花でも、洋花はあまり季節が気になりません。カサブランカやラン、カラーなどは夏物だけでなく袷の着物や帯にも使われますね。これらは、お花屋さんに行けば年中並んでいますから、季節を問わず目にすることも多いでしょう。
対して、季節のうつろいを知らせてくれるお花は、どれも自然の花。庭や道端に咲き、私たちの生活に密着した花と言えるように思います。
だからこそ、季節の楽しみや風情をより強く感じさせてくれるのでしょう。
季節限定の柄というと「着用機会が少なそう」「組み合わせが難しそう」と敬遠なさる方もいらっしゃいます。
着物や帯に季節のものを取り入れるのは、確かに予算もかさみ気軽なものではありませんが、帯留くらいならいかがでしょう?かわいらしい四季折々の花や風物の帯留は、手頃な価格でたくさんみつかります。無地の紬や江戸小紋にシンプルな帯を締め、真ん中にぽっちりと季節にぴったりな帯留があしらわれているのは、とてもお洒落だと思いませんか?
根付などはもちろん、ハンカチや手ぬぐい一枚でも季節の柄をお持ちになると、周りの方は「あら!」と思うものです。
ちなみに、私のお気に入りは柿の帯留と、お月見の帯留、トンボの手ぬぐいなどです。お月見は、月にお団子があしらわれてとてもかわいいのですが、なぜか十五夜の日は毎年あわただしく、付けるのを忘れてしまうのです…。
また、季節限定の柄であっても何かの由来があって季節問わずとなり、着用機会がぐっと増える場合があります。
たとえばトンボは秋の虫ですが、前にしか飛ばない習性から「前進」という意味を込めて「勝ち虫」とも呼ばれます。印伝などの小物や、まれに袷の着物、帯にも縁起の良い柄として用いられることがあるんですよ。
イチョウや紅葉は、黄色や赤に色づいたものは秋の柄ですが、緑の葉であれば「青もみじ」となります。本来は初夏の柄とされますが、これもいつでも大丈夫。
歌舞伎見物では、好きな役者さんにちなんだ柄や小物を身に着けた方をお見かけしますね。
私は勘三郎さんのファンでしたので、観劇の折には季節に関わらずイチョウの柄を選んだものです。以前、団十郎さんのお祝いの公演では、背景の襖絵が全て満開の牡丹ということがありました。団十郎さんといえば牡丹。牡丹の柄をまとったファンの方々も、季節はまったく違ってもさぞその場に似つかわしく、美しく映えたことでしょう。
歌舞伎に限らなくとも、観劇や演奏会の際、演目にちなんだ柄をコーディネートに取り入れるのは、遊び心やセンスが感じられて素敵ですね。
柄のお洒落にこだわると、ある程度知識も必要になります。それは「着物って難しい」と思われる一因かもしれません。
けれど、着物を通して日本の四季や文化に触れ、歌舞伎や物語に親しみ、その学びや深い感動をご自身の装いに表現すること、これこそ着物ならではの楽しみです。
せっかく着物がお好きなのに、それを避けてしまうのは、なんとももったいない!と思わずにはいられません。
季節のお柄をまとうのは、冠婚葬祭でなくお洒落の機会が多いのですから、「間違いだったらどうしよう」と心配しすぎなくても大丈夫!
(冠婚葬祭の着物は、たいてい季節問わずにできているのです)
小物ひとつでも、そこにその方なりのこだわりや感性があらわれている方は、キラっと輝いて見えますよ!
さて、次回はもうひとつ皆様を惑わせる(!?)、柄の「格」についてご案内したいと思います。
どうぞ秋の訪れまで、暑さに負けずお元気でお過ごしくださいね。