桜の蕾が開き始める頃。
まだ寒さの残る日でも、着物で訪ねてくださるお客様の装いはぱっと明るい色に変わって、春の訪れを実感します。
卒業式や入学式に着物で行ってきたの、とお写真など見せていただくのも、この季節嬉しいことですね。
大切な人生の節目。お母様やお祖母様が折り目正しく着物をまとった姿で見守ってくださったことを、お子様方もきっと、いつまでも覚えていらっしゃるのじゃないかしら。
そういえば、昔はお式ごとといえば黒の絵羽織が定番でした。
もう三十数年前の息子の卒園式。
色無地に一つ紋付きの黒の絵羽織を羽織って出かけたら、なんと一クラス全員のお母さん方が黒の絵羽織だったことがありました。ずらりと並んだら、まるでカラスの集団かというくらい!
お嫁入り支度には必ず、黒の絵羽織が入っていた時代だったんですね。その下に、これもお嫁入り道具の色無地か江戸小紋を着れば式服の出来上がり、というわけです。
まあ、中には小物までは気にされなかったのか、振袖用の帯〆帯揚をそのままして来られた方もいて、周りはびっくりなんてこともありましたけど…
それに比べると、今は黒の絵羽織のような定番アイテムが無くなってしまって、さあ何を着ていこうとなると、迷う方も多いですよね。
「この着物は入卒式に着られるかしら?」「帯はこれで大丈夫?」なんていう会話もお店でよく耳にします。
迷っていらっしゃる方に、何か一番無難で好印象のものをと考えたとき。
私なら、やっぱり訪問着をおすすめします。
息子の大学の卒業式のとき。
息子には来るなと言われたんですけれど、やっぱりこれが最後の卒業式と思って、りんず地に古典柄の訪問着で出かけました。
そうしたら、大学の講堂という場所、そして卒業式という厳かな雰囲気に、その訪問着がしっくりと合っていて、とても着映えがして美しく見えたんです。何の変哲もない、どなたでもお持ちのような訪問着だったんですけれど。
入卒式のような機会はお洒落をする場ではないですから、あくまでも式服としてTPOに合うもの、出しゃばらず品のいいものが一番いいんだなあと、実感した出来事でした。
わざわざ新しいものを誂える必要はありませんよ。
奇抜なものやモダンな色柄でなく、ピンクかクリームか水色の上品な古典柄、定番の松とか花とかがいいですけれど、そんな訪問着なら、お手持ちやお譲り頂いたものの中におありではないですか。
こういった訪問着は流行がありませんから、数十年前のものでもそれほど違和感を感じないはずです。
若い頃お作りになったもので派手なら、帯を地味めにすればいいですし、逆にお母様のものなどで地味な色柄なら、明るくぱっとした帯を合わせてみてください。
着物はプラスマイナスですから、着物の地味派手が貴女のご年代に合わないなら、帯を替えることです。
帯は、シルバーか白がいいですね。上品な唐織ですとコーディネートしやすく、周りの方にも好印象だと思います。
金の帯だと留袖みたいになってしまいます。「出過ぎない」ということも考えると、金は避けたほうがよろしいのじゃないかしら。
帯〆を今からお求めになるなら、ゆるぎ組の白か明るいピンクなどがおすすめです。訪問着はもちろん、普段使いにも活躍しますから、あと何回使うか分からない金の帯〆を新調なさるよりずっと経済的です。
草履とバッグは、セットの佐賀錦やエナメルじゃなくて、白の無地っぽい草履に小ぶりのバッグがいいですね。ぐっと垢抜けて見えますし、こちらも普段着物に活用できます。
バッグは洋服用の皮革のバッグでかまいません。ショルダーのような長い持ち手でないものを選んでくださいね。
最後に大切なこと。
春爛漫の汗ばむような陽気でも、必ずコートをお召しになってくださいね。
道行でも道中着でもOK。あたたかい日なら塵除けコートもいいでしょう。
羽織は避けられた方が無難です。昔の黒の絵羽織は式服用でしたが、現代の皆様がお召しになるのは、おしゃれ用の長羽織だと思います。訪問着にはちょっとカジュアル過ぎますね。
礼装のときは帯付で出歩かないという決まりごともありますが、それだと「家から式場まで車で移動するなら関係ないんじゃない?」と思われますよね。
でも!この車の乗り降りが厄介なのです。
ドア枠や、シートの足元がどれくらい汚れているか、改めてしげしげと見るとゾっとします。
雨でも降ろうものなら大変!
お店にも、「いつのまにか着物の膝裏あたりが黒くなっていて…」という方が、けっこういらっしゃるんですよ。それ、車のドア枠の汚れですよ~!
決まりごとを守ることももちろん大切ですが、それ以上に大切なお着物を守るために、ぜひコートを活用なさってくださいませ。